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関生支部80年代大弾圧の歴史

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 世界各国で事業や地域の協同組合運動が広がりを見せるなか、大企業・富裕層の利益だけを優先する安倍政権。関西の生コン業界で協同組合運動の成果をあげ、それを他産業に波及させようとする関生支部の運動を止めるために大弾圧に乗り出しました。その目的のために、人種差別・排外主義活動を行う者やそれらと手を組み利益をむさぼる大阪広域協組の尻馬に乗った国家権力は、家族や生活を守ろうと闘う労働者を痛めつけています。

 同様に、基地や原発によって権利を侵害されているなかで、泣き寝入りせずに勇気をもって訴える人々にも、国民の税金を投じて意図的に嫌がらせや弾圧を行っています。国家的弾圧は、「憲法や労働者を守る法律」を踏みつけにした権力者の暴力なのです。
 
 
 労働側の飛躍と発展の時期に
 「国家的弾圧」は仕掛けられる

 関生支部は、1980年9月から81年8月の1年間で685名の組織拡大に成功。81年8月時点で、セメント生コン関係105分会1400名を組織しました。

 1982年は、権力弾圧に始まり、弾圧の中で大会を迎える極めて厳しい1年間でした。このような環境のなかで、81年9月から82年8月の1年間で106分会818名を拡大。全体で3228名を組織しました(そのうち、セメント生コン関係は、156分会1902名)。

 1982年9月から83年8月の1年間の拡大は、これまでと比べ大きく停滞する状況となりました。未組織企業の関生支部シフトが布かれたことが理由です。内部的には、82年12月17日共産党機関誌赤旗の「声明」による内部不団結が拡大の足を引っ張り、活動停滞の要因となったのです。1年間の拡大は、100名弱で他支部への組織移行を含めると横ばい状況でした(バス支部に移行103名)。

 81年から82年の1年間が、関生支部の組織拡大の歴史の中で最も飛躍発展した時期です。この時期から権力弾圧が始まり嵐のごとく吹き荒れました。この歴史から学び実践すべきことは、以下の5点です。

 (1)運動が前進しているときに、資本主義の支配者側(一部特権階級)は自らの利益を確保するため、ありとあらゆる手法で運動をつぶし組織破壊攻撃を行い、闘う戦線を巧妙に分裂分断させ弱体化をはかる。

 (2)勝ち取った成果は、攻撃をはね返す運動がなければ必ず奪われる。成果をさらに発展させるためには、常に組織力を強めることが絶対条件であり、数の力が要求獲得の環境づくりとなる。

 (3)未組織・未加盟労働者を組織し、組織の数を増やす。

 (4)闘う戦線を拡大強化する(労組・民主団体との共闘体制の確立)。

 (5)支配者側と闘う階級意識を堅持するうえで、思想闘争、学習の強化をはかる。

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 尊厳や生存脅かす国家権力を
 許さず闘う仲間の輪広げよう!

 これらを、計画・実践・総括・再実践のサイクルで習慣化して臨むことが重要です。
弾圧と闘う関生支部に対して、国内外の多くの労働組合や市民団体などから温かい応援メッセージが届いています。

 世界では、労働組合が弾圧と闘うのは常識であり、常に弱い立場に置かれてきた労働者は人間らしい要求を行ったり労働組合をつくろうとしただけで差別され、解雇され、人権を奪われ、逮捕され、暴力をうけたり命を落としたりしてきたのです。その闘いの上に今の労働者の権利が存在していることを忘れてはなりません。そして、権利は何もしなければすぐに奪い取られてしまいます。

 そうならないためには、全国各地に「闘う労働者」が必要です。そして、弱者の声を聞くことすらしない政治家による弾圧に負けず、美しい海や空、子どもたちの未来を守ろうと闘う反基地・反原発の市民運動も全国にもっともっと広がる必要があります。

 「国民に声をあげさせないための国家権力の暴力」に屈することはできません。関生支部にかけられている弾圧との闘いは、暴力的に国民の権利を奪う「国家的弾圧」との闘いなのです。


 【 くさり2月号より 】

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